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思い出のソニータワー

いつの間にか心斎橋のソニータワーが取り壊されているらしい。

大阪ソニータワーも解体、メタボリズム受難の時代へ

学生の頃、たびたび足を運んだ。心斎橋を散策して、時間があれば地下鉄の駅に向かう前に寄り道させてもらった。オーディオやハンディカムの新機種がすぐに並んだ。ここは東ちづるさんがここに勤めていたことでも知られていて、ショールームらしい華やかさも好きだった。そのときは、その後自分が電機業界に身を置くことになるとは思っていなかったが。
建物はすごく印象的で、ぼくが行っていた1990年代前半にあっても実に未来的な雰囲気で存在感があった。シースルーの速いエレベータで御堂筋と長堀通りを見下ろす感覚に感動した。しかし、今日までしらなかったのは、この建物が1976年竣工だったことだ。ぼくが通っていた当時、内装は十分に整えられていたし、新しいビルだと思っていたのに、そのときで25年以上も経っていたのだ。ぼくは学生時代の思い出もあって、このビルの解体のニュースを寂しい思いで読んだ。

リンク先には、同じ黒川紀章氏による東京・銀座の「中銀カプセルタワービル」についての言及もある。ぼくはこちらは拝見したことがなく、文献上で知るだけだ。ソニータワーと同じく、メタボリズム[METABOLISM]の作品と言うことらしい。しかし、ぼくの受ける印象は大きく異なる。1972年の中銀カプセルタワービルはいかにも古くさく、1976年のソニータワーには未来を感じてしまうのだ。単に、関西人としてのぼくの主観だろうか。
思うに、住宅である中銀カプセルタワービルは住環境として許容できるものではなくなってしまったからではないだろうか。30年間で住居スペースは大きくなった。中銀カプセルタワービルの天井高2.1m、備え付けのブラウン管テレビ、小さなベッド…いずれも現代の生活とはかけ離れている。ひとり暮らしであっても、モノをたくさん所有する現代では収納も十分でない。銀座に勉強部屋を持つには良いが、生活空間としてはあまりに窮屈だ。ビルの区分所有者が立て替えを要求するのも無理はない。
日本建築家協会(JIA)は中銀カプセルタワーの保存を求めているらしいが、ぼくは壊してしまった方が良いと思う。設計の良否や、建築史的な意味とか、アスベストが使われているから、ではなくて、単に施工後30年して、居住者が維持することを拒否しているというのは厳然とした事実なのだから、それを受け入れるべきだと思うのだ。保存などせずに、ソニータワー同様に記憶と記録に留めるので十分ではないか。
黒川氏のカプセルより先(たぶん)、1970年の大阪万博で示されたものがある。万博の展示物だったカプセルタワーは滋賀県に移築されている。名神高速道路から見えるこの建物があれば、もう十分。銀座で維持できないなら、中銀カプセルタワービルも滋賀に移築したら?

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