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シャープ労組春闘事件は労使馴れ合いの果てか

5年ぶりとなった今年の春闘は、デフレ脱却懸念(消費者サイドからは可処分所得が減るのだから賃上げの理由になる)、定率減税の廃止、業績の回復、労働分配率の低下、日本経団連トップによるベア容認談話など、賃上げを要求するだけの変化点が多くあった。一方、ここ数年での経営スタイルは、利益配分を株主配当と一時金(月給ではなくボーナス)に反映するものに大きく舵を切ってきたことから、業績回復は月例賃金ではなく一時金で報いるべきとの考えが主に経営側から示されていた。製造業の国際競争は激しさを増しているなか、組合側も大幅な賃上げを要求できる状態にないことを理解しており、電機連合の場合、ベア要求は2,000円とした。それでも、経営側の固定費懸念へのこだわりが強く、結果的に500円程度の妥結に終わった。
ごく少額の妥結水準になったことを非難するむきもあるが、ぼくは評価している。ベースアップは死語とされた時期を経ながらも、社会環境の変化を労使ともに確認して有額回答にこぎ着けた。さらに以前の春闘からすれば経営・労組ともトップメンバーの多くが交代している状況で、労使ともに真剣に賃金の意味をかけて議論と交渉を闘わすことができたことに意味があった。妥結金額だけでなく、賃金テーブルの内容までに踏み込んだ会社も多かった。課題としては、電機連合内で妥結額がばらつき、統一交渉や要求水準の意味がこれまで通りに説明できなくなっていることがある。かといって、妥結額は各社の業績を反映したものでもない(「ベアは各社の業績を反映して…」などと書いた報道機関は反省してもらいたいものだ)。賃金とは何によって決まるのかをゼロベースで考え直す時期に来たのかもしれない。電機連合の政策委員会では難しい議論をしているだろう。

春闘が終わって一ヶ月もしてからこんなエントリを書いたのは、このニュースには心底びっくりしたからだ。

シャープ春闘妥結、実は35歳だけ賃上げ

今年の春闘の労使交渉で、「35歳500円」の賃上げ(賃金改善)とされたシャープ(大阪市)の妥結内容が、35歳の社員だけに限られたものだったことが19日、わかった。35歳をモデルに他の年代の賃上げ額を決めるのが通例だが、モデル年齢の組合員だけが賃上げされ、他の年齢は賃上げゼロという極めて異例の内容。同社の労働組合は「見せかけだけと言われるかもしれないが、目標をクリアし、ストライキを回避するための苦肉の策だった」と話している。
  (中略)
高橋伸夫・東大教授(経営学)の話「ストを回避しようと、500円という額にこだわった結果で、余りに極端。組合員の信頼を失い、労組の求心力が失われるのではないか。他の年齢層との賃金バランスを欠くことにもなる」(読売新聞 4/20)

 【高梨昌・信州大名誉教授(労使関係論)】 常識では考えられない妥結内容で、組合がよくのんだものだと思う。賃金の秩序を崩せば社員全体のチームワークも崩れ、経営者にとってもマイナスだ。賃金の秩序を崩す際は、職能給を導入するなどの理屈や経過措置が必要で、その意味でも今回の内容は乱暴だ。(朝日新聞 4/21)

ぼくを含め他社の一般社員は4月20日になって新聞が伝えたところで初めて知った。電機連合のサイトを見ても交渉銘柄1点だけ変えたなんてことは分かりようがない。

さて、ぼくはこのニュースの何に驚いているのだろう。事実上のベアゼロに驚いているのではない。ひと言で言えば、このシャープの労使交渉において組合員の立場からは「組織に対する信頼感のありか」を見いだせないからだと思う。まず、労働組合。こんな姑息な手段を使って交渉銘柄における目標をクリアすることの、一体どこが組合員のためになる行動なのか。組合員は労働組合費を払い、組合活動を日々ボランティアで支えている(と思う、ぼくはシャープ社員じゃないが一般論として)。その組合員に対して、対面保つためだけに、賃金テーブルの一部をねじ曲げるような改訂をしましたなんて説明が何でできるのだろうか。会社も会社だ。こんな回答のどこに社員に対する誠実さがあるというのだ。
電機会社サラリーマンの一般論として、大きな会社組織の賃金テーブルというものはその会社の風土、歴史と密接に関わりつつ、そこの社員にとっては(日々気にするものではないが)大切な意味がある。自分のライフステージに応じて賃金が伸びるのか、昇格すればどのように賃金面で報われるのか。退職金がいくらになって老後にどう備えるのか。家庭をどのように築き、家族を養うのか。自分の仕事がいかにすれば認められるのか。それだけ重要な賃金テーブルを修正するにはそれなりの施策説明、ストーリーが必要だ。だのに「一点だけを修正しました。これはストライキを回避するための苦肉の策です」なんて、労組の幹部たる人間が、ひとが働くことにかける意味や思いをすっかり忘れたかのようではないか。この納得性のない施策は、まったくもって理解不能。ぼくの会社でこんなことをすれば、組合執行部は全員辞任に追い込まれるだろう。
今年の春闘の要求金額が少額だからその内容を問題にすべきでないという意見は分かるが、賃金の意味を討議通して問うプロセスを放棄してもらっては困る。たとえ少額でも納得性や合理性の高い結論を導き、労使そろって新しい賃金体系に合意していくプロセスを大切にすべきだ。要求金額で得られるものと春闘に投じるエネルギーを経済合理性だけで考えれば、最初から交渉しないという判断もあったはず。討議を始めたならば交渉を任された人間は、徹底的に労使双方の納得性を追求するべきだし、その結果得られた納得性こそが春闘の成果として労使ともに価値のある会社の資産となっていくことを認識しなければならない。言い換えれば、シャープ労使の選択は葛藤を超えて考え抜くことを、労使そろって放棄したように思うのだ。ついでに言えばシャープにとっては500円程度の賃金修正を本人の努力や合理性のある施策とは無関係にしてしまった。まったくひどい前例を作ったものである。
ところで、電機大手の春闘は3月15日に妥結していたのだから、この話は1ヶ月間もちゃんと公表せずにいた。今になって、2ちゃんのシャープスレを読んでみると、今回の妥結内容が3月には書き込んであった。ニュースに煽られることなく書き込まれた内容だから、これらは社員による可能性が高い。そこで、3月までの書き込みを信頼して読んでみると、

・賃金テーブルは改訂せずに、35歳だけに調整給
・末端の労組構成員には、松下や富士通あるいはトヨタも同様にピンポイント賃上げと組合員に説明したものもいる。
・結果に対して職場では反対するものもいるが、おおむね仕方がないとして賛成
という流れのようだが、「ピンポイント賃上げは他社も同じ」という説明はまったく間違っている。全員に500円配分する会社もあるし、何らかの意図を持って傾斜配分する場合もある。傾斜配分でも意図が重要だ。ある層だけが業界水準よりも低い給料だから補正したいとか、とくにテーブルに課題はないから比例配分するとかだ。交渉銘柄「だけ」を上げるなんて欺き(あざむき)はあり得ない。説得するのに組合員に対してそんなウソをついてどうするのだ?
シャープはユニオンショップ制でシャープ労組への加入が義務づけられているようだ。2ちゃんでは労組幹部は管理職への昇進が約束されているような書き込みが散見される。ユニオンショップ制に問題はなくとも、運用的には会社と組合間で馴れ合いが進んでると推測されるなぁ。今回の件でのシャープ労組幹部のコメントがすごい。どこを向いて話しているのだか。

 「勤める企業の存続は、自ら決めていかなければならない。社会的にだましたとか、ごまかしたとかいう気持ちはない」と労組幹部は話す。 (朝日新聞)

前半はその通りで何の疑問もない。会社の主張する今後の液晶業界の厳しさ理解して、労働組合がベアなしを受け入れるという選択もできたし、事実上そうなっている。でも、シャープとシャープ労組がした「ピンポイント賃上げ」は「社会的にだました」ことに他ならない。組合員に対して説明責任が果たせないなら、さらに電機連合の中核組合としての責務が果たせないなら、さっさと労働組合を解散して電機連合からも脱退すればいいとすら思うような、これは事件なのだ。組合解散しろなんて言い過ぎかもしれないが、この会社の社会性や内部のマネジメント能力には疑念を抱かざるを得ない状況だ。労働組合幹部や人事部勤労担当者の能力も疑問だし、春闘の回答は社長が決済しているのだろうが、本当にそれでいいのかい?この会社の社員のモチベーションは一体何で保たれているか??

ほかの会社のことにあんまり腹を立てているのも意味がないが、こんな事例と比較すればぼくの職場のマネジメントは至極まっとうだと思う。ぼくの会社では組合が愚直なまでに民主プロセスを尊重しているし、会社との間にはそれなりの緊張感もある。組合活動というのは意外とベンチマークがたてにくい。同業他社であってもその具体的な内容を把握することが難しいのだ。今回の報道では他社事例の一端を知ることができて、たいへん参考になった。下を見てても仕方ないので、ぼくらは自信を持って次のステージを探っていこう。

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